Dreams come true 広島

気ままな広島人。それがどうした!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

「隠される記憶」―心の傷は治りにくい―

■心ってなに? 
 心ってなんでしょう?辞書的には「欲望・感情・理性およびその働きのもとになるもの」なのですがピンときません。医学的には「脳細胞からシナプスへと電気刺激と化学反応により神経活動を起こして、脳内ホルモンを分泌……。」やはり何かが違います。
 今、私たちの記憶がすべて消えたとしたらどうなるでしょう?記憶は私たちの心の源であり「心とは記憶である」と言いきる学者もいます。人間は生きる過程において様々な経験を記憶として脳に蓄積、その記憶を想起することにより心は躍動します。過去の嫌なことを思い出して落ち込んだり、楽しいことを思い出して喜んだりします。

■中学校の同窓会
 記憶には、「意識にある表在記憶」と「脳に埋もれた潜在記憶」とがあり、潜在記憶は何かをきっかけに意識に現われてきます。
 先日、中学の同窓会に出席しました。同級生の男子・女子(笑)からは「長井」「長井君」と呼ばれ、それがとても心地よく、昭和40年代にタイムスリップしてしまいました。長年、脳の奥深く埋もれていた記憶が、まるで記憶喪失から回復する患者のように少しずつ蘇っていくのです。中学生の心は感受性に富んでおり、窓ガラスを流れる雨の滴さえ記憶の断片として鮮明に心に残っています。楽しかった記憶・辛かった記憶、それらが土の中からツタに絡みついて引っ張り出されます。そんな中学時代に自分を置いて、ふと思ったのですが、クリニックや塾で接する今の中学生とは何かが違うのです。最近の中学生には、中学生に特有な『繊細で壊れやすいけど限界を知らない大胆な言動』が見られないのです。私たちが中学生の頃は、先生に対しては尊敬と畏怖の念で接していたし、親は勉強しなさいって言ったけど学校のことにはあまり口を出しませんでした。だから厳しさの中でも結構好きにやって楽しんでいました。

■いつか子供からしっぺ返しが…。
 中学生は、精神的に成長する時期であり、その成長過程で家庭や学校環境の影響を大きく受けます。ところが、この大切な時期に子供への接し方が間違うと子供の心に傷が残ります。
 親が子供に対し威圧的かつ支配的であれば、子供の心は抑圧され、いつも人目を気にして保守的になります。人と目を合わせない中学生や将来の夢を「安定した生活」と答える中学生がその例です。
 逆に、親が子供に対し過保護で介入しすぎたりすると、子供は一人では何もできなくなり、同世代の子とのコミュニケーション能力が低下します。ある中学の教師が「授業中におしゃべりをしている生徒がいたので注意したら、保護者から『なぜみんなの前でうちの子に恥をかかしたのか!うちの子の心が傷ついた!』とお怒りの電話がかかってきた。」と嘆いていました(その先生の心の方がもっと傷ついたそうです)。
 さらに最近は、自分のことしか考えず子供の教育に無関心な『ネグレクトな親』も増加しています。こんな親たちには、いつか子供から強いしっぺ返しがやってくるでしょう。

■記憶を消す子供たち
 以前、中学1年の頃の記憶がまったく欠如しているという20代の患者さんを診察しました。その当時の友人・先生と一緒に写っている写真を見ても記憶がないというのです。何回かの診察を通して、当時ひどいイジメをうけて何度も自殺を試みたことがわかりました。そのことを思い出すと苦しみに耐えかね、心を閉ざし、やがて心の自己防衛として記憶を埋没させてしまったようです。
 最近、我が子を虐待する親が増えています。幼い心に刻まれた傷は潜在的記憶として心の奥底に潜み、大人になったある日、突然、その記憶は現れ、心をむしばむことになるかもしれません。
 身体の傷から流れ出る血はいつかは止まりますが、心の傷から流れ出る血はいつまでも止まりません。
スポンサーサイト

テーマ:幸せになる考え方 - ジャンル:心と身体

独り言 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。